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福岡高等裁判所 昭和26年(う)97号 判決

控訴人 被告人 増田末広 外二名

検察官 山本石樹関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人豊田孝知の陳述した控訴の趣旨は同弁護人提出の控訴趣意書記載の通りであるから茲にこれを引用する。

控訴の趣旨第一点(1) について

記録を精査するに被告人等の原審に於ける供述(自白)が錯誤に基くもの又は虞偽の自白と認めるに足る資料がない。各被告人の供述内容、各供述を各比較対照し検討するに原審における被告人等の供述が錯誤に基くもの又は虚偽の自白とは認められない。

論旨は理由がない。

同第一点(2) について、

原判決挙示の証拠を綜合すると判示事実を認めることが出来る。被告人が昭和二十年九月頃から判示拳銃を所持していたとしても、銃砲等所持禁止令が施行になつたのは昭和二十一年六月十五日であるから同日以後の所持を不法所持であると認定することは正当である。

論旨は理由がない。

同第一点(3) について

被告人増田末広が昭和二十年九月頃本件拳銃を取得し天井裏に匿しておき昭和二十三年三月上旬頃まで忘れていたとしても所持の意思を以てこれを取得し自己支配内である個所に匿しておいた以上所持したと認めるに十分である。

論旨は理由がない。

同第二点に付いて。

本件拳銃が甚だ小型で骨董品、美術品として、或は有害鳥獸駆除上、許可を申請すれば許可される可能性があつたとしても許可を得ず所持した以上不法所持となることは議論の余地のないところである。

昭和二十三年二月二十四日附米国第八軍司令部の日本政府警保局長宛「日本の刀剣並に銃砲の回収、類別及処分」と題する指令は捜査機関に対する行政命令であり銃砲等所持禁止令の効力を左右するものでなく右指令指定の昭和二十三年六月一日迄に許可申請をした場合訴追を見合わされるにすぎない(最高裁判所昭和二十四年五月十四日言渡同年(れ)第一九一五号事件判決)故に許可を得ず判示拳銃を所持した以上前記指令の存在に拘らず銃砲等所持禁止令違反の罪を構成することは明らかである。

原判決挙示の証拠を綜合すると被告人神田初市の判示事実を認定することが出来る。原判決に事実の誤認はない。

論旨は総て理由がない。

同第三点に付て

鑑定人山室佐直作成の鑑定書によると本件拳銃が銃砲等所持禁止令第一条同令施行規則第一条に所謂弾丸発射の機能を有する装薬銃砲であることが明らかである。所論の如く本件拳銃がオーストラリヤ製小型自動拳銃であつてこれに装填する弾丸が入手すること不可能のものであり今後使用することが出来ず実害を生ずる虞のないものであつても本件拳銃が前記銃砲たることの妨げとなるものではない。

論旨は理由がない。

同第四点について、

原判決には何等理由を附してないから違法である旨主張されているが原判決書には罪となるべき事実を掲げこれを認定するに至つた証拠を挙示してあるから判決に理由を附さない違法はない。弁護人の右主張が、各証拠の具体的内容を挙示していないから違法であるというのであればその当らないこと刑事訴訟法第三百三十五条第一項の規定に徴し明らかである。

論旨は理由がない。

他に原判決を破棄すべき理由がないから刑事訴訟法第三百五十六条に則り本件控訴を棄却することとし主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 仲地唯旺 裁判官 青木亮忠 裁判官 藤田哲夫)

控訴趣意

一、原審公判廷で被告人等は何れも公訴事実を認めたことは本件訴訟記録上明らかな通りであるが、

其の公訴事実は「被告人等は何れも法定の除外事由がないのに拘らず第一被告人増田末広は昭和二十一年六月三日銃砲等所持禁止令の施行された当時肩書住居に於てオーストラリア製小型拳銃一挺(第一四四五号)及び実包六発を所持し居りたるものなるが、法定の届出期間内に於ける届出をなさず爾来昭和二十三年三月初旬頃迄の間肩書自宅天井裏に隠匿し不法に所持したる後昭和二十三年三月初旬頃……(相被告人神田初市に金二百円にて之を譲渡し)……となつている。

(1) 昭和二十一年六月三日には該禁止令は公布になり其施行されたのは同年六月十五日であるから斯る事実を被告等が認められたからといつて有罪の基礎とはなり得ない。其余の事実の認否についても信憑力を賦与され得ないことは明らかである。被告等は何れも錯誤又は虚偽の自白に基いて有罪の判決を受くるに至つたのである。

(2) 被告人末広は昭和二十年九月頃から本件拳銃を所持した(検第一号)に対し原審判決は昭和二十一年六月中旬頃から之を所持したと認定したのも事実に相違する不当の認定であるのみならず同令施行前より合法的に所持したのが其後本令施行に因つて不法所持となつたのかも不判明に帰する。

(3) 原審判決は被告人末広は昭和二十三年三月上旬迄本件不法所持をしたと認定するのであるが、

同被告人は昭和二十年頃は十五才の少年で少年通有の其好奇心から小型拳銃を窃んで持ち帰り自宅天井裏に匿してゐたと云うが、それも昭和二十三年三月上旬頃迄は忘れていたというのであるから(検第九号同被告人供述調書)原判決が認定する期間の全部に亘つて同被告が本品の不法所持の意志がなかつたことは明らかである。

存在を忘れていたということは所持の意志を抛棄してゐたことであり、其れが自己の占有、実力の支配内に置かれてあつたと否とに関せぬことである。

原審は採証の法則を誤つたものである。

二、本拳銃が甚だ小型であつて珍しいものであつた(検第三号神田仰市供述調書、検第九号)は骨董品又は美術品としての価格の有つたものかもしれないし、被告人末広又は同初市が其所持の許可申請をすれば許可を得られる可能性があつたのに対し

昭和二十一年勅令第三百号に規定された本来の期間中に銃砲所持の登録をしなかつた者に対しては昭和二十三年二月二十四日附米国第八軍司令部の日本政府にあて発せられた「日本の刀劔並びに銃砲の回収、類別及び処分」指令に依つて銃砲の登録申請受付及び処理は昭和二十三年六月一日迄延期されたのであるが、同被告等は其許可申請期間中である昭和二十三年三月上旬に其手続をせぬまゝに末広より初市に譲渡し、其所持意志を抛棄し、初市は同年四月上旬相被告姫野国夫に贈与して其所持意志を抛棄したのであるから何れも不法所持とはならぬ違法ではないことになる。(判決書)又初市が其許可申請をすれば、同被告人は漁業でもあるから有害鳥獣駆除上も許可を受けられる可能性があつたのである。

検第三号神田初市の供述調書に依れば昭和二十二年三月頃本件挙銃を増田より譲受け其後十日位して相被告姫野国夫に贈与したというのであるが原判決は昭和二十三年三月上旬から翌四月上旬迄の間之を不法所持したと認定したのも事実を不当に認定したものである。

三、銃砲等所持禁止令施行規則第一条に依れば銃砲とは「弾丸発射の機能を有する装薬銃砲をいう」とある。今日使用されている拳銃には輪胴制と弾倉制とがある。一本の銃身と多くの薬室を有する又は銃身と弾倉に数多の弾薬が装填されてある。

本件拳銃につき鑑定人山室体道の「拳銃丸び実包鑑定書」に依れば発射機能に異状ないとのことであるから、弾丸発射の機能を有してゐるものと鑑定されたものとされるが、未だ装薬銃砲であるや否やは不明である。従つて之のみを以て拳銃に該当するものとは云へぬ。

又本拳銃は現状のまゝでは発射できぬのであつて新しき実砲を装填使用せねば完全に発射せぬと鑑定するのであるから現在の侭では発射機能の無いことを明らかにしているのである。

新しい実包を装填使用すれば完全に発射するというも、其「新しい実包」とは何を指称するや不明であり又然るべき実包が我国の現状に於て果して入手出来得る可能性あるやも不明である。

要するに斯る鑑定の結果に依るも原判決摘示の拳銃一挺の存在とはならぬのである。

然らば被告等の行為は全部無罪である。

我国現下の実情に於ては本件オーストラリア製小型自動拳銃の弾丸は(実包)絶対に入手不可能のものであるから之を所持するとも、使用不可能にて何等の実害を生ずる憂もなく玩具又は骨董品的価値を出づるものでないのであるから原判決は失当である。

四、原判決には理由は附せねばならぬのであるが、原審判決には何等の理由を附してないから違法である。

以上諸理由により被告等の行為は何れも無罪であると信ずるが故に原判決を破棄せられたく本控訴申立に及んだのである。

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